研究成果

核融合装置内の水素同位体滞留量を探る新しい分析法の開発

大型ヘリカル装置(LHD)内の保護タイルには、重水素実験で生成された三重水素がわずかですが含まれています。保護タイル内の三重水素を分析するために、新たに誘導加熱法を利用したシステムを開発しました。開発したシステムにより、三重水素の滞留量や放出挙動、放出される三重水素の化学形態を明らかにしました。核融合装置内の滞留量や分布を明らかにすることで、核融合炉の三重水素安全性や燃料収支に関する研究に貢献します。

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図. 大型ヘリカル装置(LHD)真空容器から取り出した保護タイルを、新しく開発した高周波加熱分析システムで加熱して三重水素滞留量を評価した。ループアンテナに保護タイルを設置し、高周波電源からループアンテナに交流電流を印加することで保護タイルを直接加熱する。加熱より保護タイルから放出される水素同位体成分を分析し、得られた放出挙動データから三重水素滞留量を評価する。

核融合炉では、燃料として水素同位体である重水素と三重水素を使用し、それらの核融合反応により発生したエネルギーを熱や電気に転換して利用します。しかし、その反応率は低く、ほとんどの燃料は反応せずに装置から排気され、一部は装置の保護タイル内に滞留します。核融合装置内で滞留する水素同位体が、どこに、どの程度滞留しているかを明らかにすることは、核融合安全性や核融合炉システム設計の観点から求められます。

本研究チームは、LHDの重水素実験で生成されたごく僅かな三重水素をトレーサーとして利用し、真空容器内に設置されていた保護タイル(炭素板)内に滞留する三重水素分析に取り組みました。炭素板内の三重水素を分析する手法として、表面付近に存在する三重水素を可視化するイメージングプレート法や、炭素板の一部を切り出して加熱分析する昇温脱離法・燃焼法などが開発されています。これらの手法は、材料中の三重水素分析に有用であることが知られていますが、得られる情報が材料の表面のみであったり、ごく一部分のみであったり、限定的なため課題がありました。そこで、三重水素が滞留している大きな炭素板を「そのまま」の形状で加熱することができる誘導加熱法を用いた高周波加熱分析システムを開発しました。誘導加熱は、IHクッキングヒータとしてご家庭の調理用コンロでも利用されている身近な加熱手法です。

誘導加熱では、ループアンテナ(コイル)に交流電流を流すことで時間的に変動する磁場を作ります。このアンテナの近くに金属試料を置くと、金属の中に電流(うず電流)が流れ、金属の電気抵抗により試料を直接加熱することができます。誘導加熱法には、コイルの形状や変動の周期を工夫することで大きな試料の急速・高温加熱が可能であること、その加熱制御が容易で応答が早いこと、周囲への熱の影響が少ないため安全であり、省電力・省スペースといった特徴があります。

開発した高周波加熱分析システムを用いて、三重水素を含む炭素板を1100 ℃以上に加熱したところ、加熱初期の比較的低温度領域ではヘリウムが、高温度領域で軽水素と三重水素が炭素板から放出されることがわかりました。さらに、三重水素の化学形態を詳細に調べたところ、放出される三重水素の約80 %が分子状水素の化学形態、残りは水蒸気状であることがわかりました。この実験によって、真空容器から取り出され、室温で大気中に保管されている炭素板には、三重水素だけでなくプラズマ実験で使用されたヘリウムや軽水素成分も長期間滞留していることが明らかになりました。また、加熱前後の炭素板を細かく切断し、表面から1 mm間隔で試料を切り出して三重水素の深さ分布を分析すると、加熱前は表面付近に多く滞留していた三重水素が、加熱によって表面から放出されることで大幅に減少することを確認しました。1100 ℃以上の温度で18時間加熱した場合、炭素板内の三重水素滞留量を加熱前の0.4 %以下(滞留量の99.6 %以上が放出)まで低減することができました。この結果は、炭素板内の三重水素滞留量データを得るだけでなく、炭素板から三重水素を取り除く「除染・除去」といった安全対策としても誘導加熱法が有効であることを示しています。

LHDの重水素実験で生成された三重水素の挙動に関するこれまでの研究成果(トレーサーで探る水素同位体のゆくえ)では、プラズマ実験中の排出挙動やその化学形態、物質収支などについて報告しました。今回開発した昇温加熱分析システムを活用して、真空容器内に設置された保護タイルを分析することで、装置内の三重水素滞留量が推定できます。この結果を、これまでの研究で見積もられた三重水素滞留量と比較することで、総合的な三重水素の挙動解明に繋がります。しかし、分析対象となるLHDの保護タイルは数が多く、高周波加熱分析システムを開発した今、まさに端緒を開いたところです。今後、保護タイルの滞留量分析をすすめ、LHDシステム内の三重水素収支を明らかにしていきます。

本研究は、核融合科学研究所の田中将裕らの研究グループによって進められました。 本研究を進めるにあたり、高い技能を有する技術職員の多大な貢献がありました。

この研究成果は、原子力材料に関する学術論文誌「ニュークリア・マテリアルズ・アンド・エナジー」に2025年1月21日付けで掲載されました。

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