研究成果

トレーサーで探る水素同位体のゆくえ

大型ヘリカル装置(LHD)の重水素実験で生成される極僅かの三重水素をトレーサー(追跡子)※1として利用することで、水素同位体※2挙動を明らかにすることができました。さらに、装置内壁から放出される三重水素は、水素同位体交換反応と材料中の拡散現象に律速されていることを明らかにしました。この成果は、将来の核融合炉で燃料として使用される三重水素の安全取り扱い、燃料循環システムに関する貴重な知見となります。


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大型ヘリカル装置内では、重水素核融合反応によって三重水素が生成される。生成された三重水素は、プラズマ対向壁で分子状や炭化水素状になり排気される。残りの三重水素はプラズマ対向壁内に滞留する。生成された三重水素の量、排気される三重水素の量を測定することで滞留する三重水素が評価できる。

将来の核融合炉システムで燃料として使用される水素同位体の挙動を理解することは、システム内の燃料収支評価や安全管理の観点から、重要な研究課題となっています。システム内の物質移動過程を評価する方法としてトレーサー法の適用を提案し、大型ヘリカル装置(LHD)の重水素プラズマ実験で生成される極微量の三重水素をトレーサーとして利用して、水素同位体の移動過程を評価しました。

本研究チームでは、極微量の三重水素を計測するため、高感度かつ水素同位体の化学形態を弁別できる計測システムを開発しました。水素同位体は、その化学的性質上、分子状や水蒸気状、炭化水素状などさまざまな化学形態になることができます。これら化学形態が、触媒によって酸化される温度の違いを利用して弁別測定を行いました。また、一定時間をかけて水の中に三重水素を取り込むことで、測定の信号強度を改善し、市販の測定機器では直接計測できない高感度測定を可能としました。

この計測システムを用いて、プラズマ実験の排出気体に含まれる三重水素の挙動を数ヶ月に渡り観測した結果、実験期間中に三重水素の30%程度が排出され、残りはLHD内に滞留することがわかりました。滞留している三重水素は、主にプラズマ対向壁に存在しています。滞留している三重水素の内、5%程度は水素放電や加熱(95°C)による壁調整運転によって排出することがわかりました。三重水素の放出挙動として、水素放電では水素同位体交換反応が、壁の加熱では材料中の拡散現象が支配的となることがわかりました。また、排出された三重水素の化学形態は、主に分子状ですが、3%程度は炭化水素状で存在することがわかりました。LHDではプラズマ対向壁の一部に炭素材が使われており、水素プラズマと炭素材との相互作用によって、炭化水素が生成されていることを実測により確認できました。このように、大型実験装置からの排出挙動を数ヶ月に渡り継続して観測することで、システム内外における水素同位体挙動や、水素同位体の物質収支に関する貴重な知見を得ることができました。

今回、トレーサー法を用いることで、装置内外の物質移動・挙動を明らかにすることができました。将来の核融合炉では、大量の水素同位体を使用します。核融合炉を長期間運転する中で、水素同位体がどこに、どの程度滞留し、どのような化学形態で、いつ、どこに向かうのかを理解することが核融合炉システムの工学設計や安全管理の観点から重要です。引き続き、LHDで実施される重水素プラズマ実験において、三重水素の挙動を観測し、長期間にわたる水素同位体のゆくえを明らかにする予定です。

本研究は、ヘリカル研究部 田中将裕、技術部 鈴木直之、加藤ひろみによって進められました。本研究を進めるにあたり、高い技能を有する技術職員の多大な貢献がありました。

この研究成果は、日本原子力学会の英文論文誌「ジャーナル・オブ・ニュークリア・サイエンス・アンド・テクノロジー」の2020年12月号に掲載されました。

論文情報

用語解説

※1 トレーサー(追跡子):元素または物質の挙動、移動経路・時間などを調べるため、観測系に添加もしくは存在する微量物質のこと。トレーサーとして同位体を用いるが、重要な点はこれによって観測系が乱されないことである。同位体トレーサーとして安定同位体と放射性同位元素が用いられる。対象となる物質(化合物)によっては、その物質の成分元素を同位体で置き換えた標識化合物が用いられる。

※2 同位体:同じ原子番号をもつ原子(元素)で、質量数が異なる原子(元素)を同位体・同位元素という。一般的に同位体は類似した物理化学的性質を有する。同位体には安定同位体と放射性同位体があり、例えば水素にはもっとも存在量が多い軽水素の他に安定同位体の重水素と、放射性同位元素の三重水素が存在する。