研究成果

LHDを利用した各種元素からの
発光スペクトルの実験データベース構築

大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマ中に、原子番号36から83の範囲の各種元素を不純物として入射し、プラズマからの発光を分光器で観測しました。その結果、スペクトルの原子番号や電子温度に対する依存性が系統的に整理され、理論計算との比較による解析が進展し、新たなスペクトル線も発見されました。本研究により、核融合のみならず原子物理学やプラズマ応用の分野でも有用な実験データベースが整備されました。

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大型ヘリカル装置(LHD)で観測された、ジルコニウム(原子番号40)からの波長3ナノメートル付近の発光スペクトルは、異なる電子殻間の状態変化に起因するため、イオン価数ごとに分かれたいくつかのピークを持つ構造を示す。この構造は、理論計算による予測とよく一致している。なお、実測における3.4ナノメートル付近の鋭いピークは、もともと存在する不純物の炭素によるスペクトル線である。

大型ヘリカル装置(LHD)で生成されるプラズマは、高温・高輝度で比較的安定な、ユニークな特徴を持つ光源と考えることができます。加えて、不純物入射装置や各種の先進的な計測器が充実しているため、さまざまな元素の分光学的研究に利用することができます。本研究では、原子番号36から83までの元素のうち、過去の実験データがほぼ皆無な元素や、核融合や産業応用で重要な元素を含む、20種以上の元素をLHDプラズマに入射し、真空紫外および軟エックス線領域の波長の発光スペクトルを系統的に観測しました。

LHD実験では、中性粒子ビーム入射加熱により生成された安定な水素プラズマ中に、固体の場合はトレーサー内蔵ペレット、気体の場合はガスパフを用いて不純物を導入しました。斜入射型真空紫外分光器を用いて、1から20ナノメートルの波長領域の発光スペクトルを、およそ0.1秒おきに計測しました。不純物量と加熱パワーを適切に制御し、中心部で電子温度がゼロとなるような「温度ホール」を意図的に形成することで、広範囲にわたる温度依存性を一度の放電で効率的に計測しました。

高温プラズマ中の不純物は、原子核の周りを周回する電子が多数剥がされた、価数の高いイオン(多価イオン)として存在します。電子は原子核に近い順に、エネルギーの異なるK殻, L殻, M殻,・・・と呼ばれる同心円状の軌道に存在すると考えることができ、電子の状態が変化すると、変化前後のエネルギー差に反比例する波長の光を放出します。電子エネルギーは元素種や電子状態に依存するため、発光スペクトルもそれらに依存した特有の構造を示します。

LHDのプラズマ条件において、原子番号がおよそ30から50の元素では、発光に寄与する最外殻電子がM殻であるような価数のイオン(M殻イオン)が強く発光します。一方、原子番号がおよそ50以上の元素では、最外殻電子がN殻であるような価数のイオン(N殻イオン)が強く発光します。N殻イオンからの発光スペクトルは、電子温度によってその様相が劇的に変化し、高温の場合は比較的少数のスペクトル線による単純な構造ですが、低温の場合は非常に多くのスペクトル線が密集した複雑な構造を示します。本研究では、原子番号依存性の分析や理論計算との比較により、過去に実験的に観測されていなかったスペクトル線が新たに何本か発見されました。

M殻イオンとN殻イオンのいずれにおいても、発光に寄与する電子の殻が状態変化の前後で同一の場合と異なる場合でスペクトルの構造が異なります。同一の場合は、多くの価数のスペクトル線が特定の波長付近に集中するのに対し、異なる場合は、各価数ごとに分離する傾向があります。LHDにおける実測と理論計算の比較を行ったところ、同一の場合は理論値が実測より系統的にやや短波長側にシフトする傾向が見られましたが、異なる場合は両者が良い一致を示し、スペクトル構造とイオン価数が明確に対応づけられました。

以上の結果は、原子物理学的な観点から、重元素イオンの発光スペクトルのシミュレーションを高精度化するための基礎データとして役立つとともに、応用面では、国際熱核融合実験炉ITERの構造材であるタングステンや、次世代半導体リソグラフィー用光源材料の発光スペクトル解析にも有用であると考えられます。

本研究は、核融合科学研究所の鈴木千尋、村上泉らの研究グループと上智大学の小池文博、宇都宮大学の東口武史、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのジェリー・オサリバン教授との協力によって進められ、X線スペクトロメトリーの理論と応用に関する学術論文誌「エックスレイ・スペクトロメトリー」に2019年12月26日付けで掲載されました。

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