核融合プラズマのデジタルツインによる予測制御の初実証
―データ同化の適応予測制御への応用―
大型ヘリカル装置(LHD)において、データ同化と呼ばれる数理的技術を応用した新たな予測制御システムを開発し、その制御能力を世界に先駆けて実証しました。このシステムは、リアルタイムの計測情報に基づいて予測モデルを最適化することで、モデルが予測するプラズマの挙動を現実のプラズマの挙動に近づけることができます。さらに、その予測をもとにプラズマの制御を行うことができます。モデルの予測精度を高めた状態で最適な制御を推定できるため、これまでは困難であったプラズマの密度や温度分布の制御をはじめ、プラズマ内部からの熱の逃げやすさといった直接計測していない量の制御にも適用でき、核融合炉制御の基盤技術となることが期待されます。
世界的なエネルギー問題の解決法として、核融合エネルギーの開発が進められています。その中でも、磁場により超高温プラズマを閉じ込める磁場閉じ込め方式による核融合炉の研究が最も進んでおり、有力視されています。この方式は、高温高密度状態のプラズマを磁場により炉心に閉じ込め、プラズマ内で起こる核融合反応により放出されるエネルギーを電気に変換する発電方式です。この発電方式を実現するためには、核融合プラズマの複雑な挙動を予測し、制御することが必須となります。そこで考えられる制御手法が、数値空間上に再現したプラズマに基づいて実体の制御を行うデジタルツイン制御です(図1)。しかしながら、核融合プラズマの中では、複雑な流動現象に加え、加熱、燃料供給、不純物、中性粒子などの多くの要素が複雑に絡み合うため、シミュレーションモデルを用いた高い精度での挙動予測や現象解析が困難であるという問題があります。さらに、将来の核融合炉では計測手段が限られるため、プラズマの状態を把握するための情報が不足した不確実性が大きい状況下で予測制御や状態推定を強いられることが想定されます。そこで本研究では、そのような不確実性が高い状況下でもリアルタイムに得られる観測情報を用いて予測モデルを最適化し、モデルの精度を高めた状態で最適な制御を推定できる制御システムを新たに開発しました。
観測される情報を用いて数値シミュレーションと現実との差異を低減させる手法として、データ同化と呼ばれる数理的手法があります。データ同化は、気象予報などで用いられる手法で、大規模なシミュレーションモデルを観測情報に基づいて最適化し、予測の精度を高めるために役立てられています。そこで我々は、核融合プラズマに対してデータ同化を行うシステムとしてASTI(「アスティ」、Assimilation System for Toroidal plasma Integrated simulation)の開発を進めてきました。データ同化は一般に予測・解析精度を高めるための技術ですが、本研究では新たに制御の機能を加え、核融合プラズマのデジタルツイン制御を行うことができるシステムを実現しました。このデータ同化に基づく制御手法では、シミュレーションモデルを核融合プラズマの実際の挙動にリアルタイムで適応させることで、モデルの精度が高い状態でプラズマの振る舞いを予測し、さらに、その予測に基づいて制御を行うことができます。ASTIの中では、条件が異なる多数のシミュレーションを並列して行うことで、プラズマの将来の状態を確率的に予測しています(図2)。この確率分布に観測された情報や実現したい状態の情報を反映させる(同化させる)ことにより、シミュレーションモデルの最適化や制御入力の推定を行うことができます。
ASTIを、高パワーの電子サイクロトロン共鳴加熱(ECH)※1装置をはじめとする多数の制御ノブやリアルタイムトムソン散乱計測※2などの高度な計測装置を備えた世界最先端の超伝導プラズマ実験装置である大型ヘリカル装置(LHD)に適用しました。LHDにおいて、リアルタイムで観測される電子の密度・温度分布により予測モデルを最適化しながら、ECHによって実際のプラズマの電子温度を制御する実験を行いました。その結果、モデルの予測精度を向上させながら電子温度を目標温度に近づけることができ、データ同化に基づいたデジタルツインによる核融合プラズマの予測制御を世界で初めて実証することに成功しました。今回開発した制御技術は、これまでは難しかったプラズマの密度や温度分布の制御をはじめ、プラズマ内部からの熱の逃げやすさといった直接計測していない量の制御にも適用できるため、核融合炉制御の基盤技術となることが期待されます。
本研究で開発した制御システムは、様々な構成要素を同時に考慮する必要がある核融合炉の制御において土台となるものです。今回の制御実験自体は初期的なものですが、プラズマの分布制御や突発的な消失現象の回避といった核融合発電の実現に向けて必須となる制御の実現に向けて、世界に先駆けた大きな一歩です。今後は、今回開発した制御システムを拡張し、より困難な制御問題の解決に向けた実証実験をLHDや国内外の実験装置でも行う予定です。
また、ASTIでの制御手法は、シミュレーションだけでは高精度な予測が困難な状況における適応型予測制御の土台となるものです。そのため、核融合プラズマだけでなく、道路交通量や河川水位の制御といった多くの不確実な要素が絡む社会的制御課題を解決する基盤となることが期待されます。
本研究は、京都大学工学研究科の森下侑哉助教、村上定義教授、核融合科学研究所の釼持尚輝助教、舟場久芳助教、横山雅之教授、長壁正樹教授らと、データサイエンス共同利用基盤施設・統計数理研究所の上野玄太教授の研究グループとの協力によって進められました。
この研究成果は、オープンアクセス総合科学論文誌「サイエンティフィック・リポーツ」に2024年1月17日付けで掲載されました。
論文情報
用語解説
※1 電子サイクロトロン共鳴加熱(ECH):主要なプラズマ加熱手法。プラズマを構成する電子とイオンは、閉じ込め磁場の磁力線に巻きつくようにサイクロトロン運動をしているが、この加熱手法では特に、電子のサイクロトン運動と共鳴する周波数の電磁波をプラズマに入射して電子を加熱する。
※2 トムソン散乱計測:強力なレーザー光をプラズマに入射し、電子に当たって跳ね返ってくる光を分析することで電子の温度と密度を計測する手法。特にLHDでは、実時間(0.1秒に一回)で電子の密度・温度分布の計測を行うことができるリアルタイムトムソン散乱計測システムが開発されている。