研究成果

プラズマ変化を高速で捉える温度計を開発
- 突発的なプラズマ物理現象の理解へ向けた強力なツール -

核融合発電の実現には、高速に変化する高温プラズマを精密に計測して、物理現象を理解し制御する必要があります。本研究では高性能なレーザー装置を開発し、従来より600倍以上速い、1秒間に2万回という世界最高の速さで、プラズマの電子温度・密度を計測する手法の開発に成功し、これまで困難だった、プラズマの突発的な変化を詳細に調べることが可能になりました。今後、本計測手法を用いて、プラズマの突発的な物理現象の理解が大きく進み、多くの成果が期待できます。

image
図1.トムソン散乱によるプラズマの電子温度・密度計測

image
図2.開発した高繰り返しレーザー装置の動作原理。媒質内に温度差が生じると光がまっすぐに進まず媒質の破損等を引き起こす(上図)。本レーザー装置では、媒質内に温度差が発生する前に励起光を与えてレーザーパルスを取り出す動作(下図)を複数回繰り返す。

image
図3.従来の600倍以上に高速化したプラズマ電子温度計

ガリレオ・ガリレイは、16世紀後半からイタリアで活躍した科学者で、天体観測とそれに基づく科学的な分析によって地動説を主張しました。その彼の研究に大きく貢献した計測器が、当時の最先端技術である「望遠鏡」です。ガリレオは、この高性能な計測器を用いて、星の動きを詳細に観測、考察し、地動説を確信しました。また、自ら性能を向上させ、月にクレーターがあることや木星の衛星を発見しました。ガリレオの深い考察や天文学の新発見には、高性能な計測技術が不可欠だったと言えるのです。
核融合研究でも計測技術は非常に重要です。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、核融合発電に必要である、高温のプラズマを磁場で閉じ込める研究を行っています。プラズマは電子とイオンがばらばらになって動き回っている状態であり、温度が高くなるほどそれらの動きは速くなります。この電子の温度を計測するために「トムソン散乱計測」という手法が用いられます(図1)。この手法は、強力なレーザー光をプラズマに入射し、その光が電子に衝突するときに発生する「散乱光」を測定します。散乱光はドップラー効果によって、入射したレーザー光とは違う色に変わります。この色の変化は電子の速さに対応しているため、散乱光の色を見ることで電子温度を知ることができるのです。また、この時、散乱光の明るさを見ることで電子密度も分かります。
このようにして計測するプラズマの電子温度・密度は、場所によって異なるとともに時間によって極めて速く変化するという性質があります。プラズマの状態を正確に知るため、トムソン散乱計測装置には、電子温度・密度の空間分布をどれだけ細く計測できるかという空間分解能と、時間変化をどれだけ速く計測できるかという時間分解能が求められます。LHDでは、プラズマ中の144地点の場所で電子温度・密度を同時に測って、それらの空間分布を計測しています。これは、世界トップレベルの空間分解能です。一方、時間変化については、レーザー光のパルスを何度も繰り返しプラズマに入射することで計測しますが、現在、LHDの時間分解能は1秒間に30回の速さしかありません。今まで見てきた物理現象の深い理解や新発見のためには、これを高速化して時間分解能を高めることが必要です。特に、高速化によりプラズマ中に様々な理由で生じる突発現象※1の詳細な計測が可能になれば、その理解と制御に向けた強力な手法になると期待されています。

LHDでは、数年間の基礎的な検討を経て、2017年からウィスコンシン大学マディソン校との国際共同研究プロジェクトとして、最大20キロヘルツ(1秒間に2万回の速さ)で計測可能なトムソン散乱計測装置の開発を行いました。新計測システムでは、従来の30ヘルツの計測を行いながら、20キロヘルツの計測が可能となりました。
新計測システムの肝は、強力な光を高速で何度も繰り返し発生することのできるレーザー装置です。このレーザー装置では、レーザー媒質(本研究の場合は固体媒質)に光エネルギー(励起光)を与えることで強力なレーザー光を発生させます。しかしながらレーザー光の発生効率が100%ではないために、レーザー光に変換されないエネルギーが熱となってしまいます。そのためレーザーの高繰り返し化では、固体媒質における発熱が問題となります。発熱によって媒質内に温度差が生じると、場所によって光の進み方が異なるという熱光学効果※2が現れます。例えば、暑い日のアスファルト上で見られる「陽炎(かげろう)」も熱光学効果によって現れます。熱光学効果は、レーザー光の出力低下や固体媒質の破損などの原因となります。そこで研究チームは、媒質内に温度差が発生する前の5ミリ秒という極めて短い時間に、媒質にエネルギーを与えてレーザーパルスを媒質から取り出す動作を複数回行うことで、熱光学効果の問題を回避しました(図2)。これにより、20キロヘルツという高速繰り返しが可能なレーザーの開発に成功しました。そして、この高性能レーザーと、新開発の高速データ収集系、これまで培ってきた高度な解析手法によって、これまでの600倍以上である20キロヘルツの世界最高の速さで計測可能なトムソン散乱計測装置を実現することができたのです(図3)。

ガリレオが、高性能な望遠鏡を用いて天文学の重要な発見を成し遂げたように、核融合研究へ高速な電子温度・密度分布の計測装置を導入することで研究の更なる発展と、プラズマへの燃料供給や乱流が引き起こす突発現象など、これまで観測することが難しかった物理現象の精密理解が進むと期待されます。 今後の展開として、本研究結果を発展させた装置の開発をウィスコンシン大学と共同で進める計画です。精密なプラズマ計測技術を用いて、国際協力で進められている核融合研究でイニシアチブを取り、加えて、本研究で実現した高繰り返しの大出力レーザー技術を、レーザー加工を始めとする産業応用に発展させていく予定です。

本研究は、核融合科学研究所の安原亮、舟場久芳、上原日和らの研究グループと米国・ウィスコンシン大学のダニエル J デン ハートッグ教授との協力によって進められました。

この研究成果は、オープンアクセス総合科学論文誌「サイエンティフィック・リポーツ」に2022年9月6日付けで掲載されました。

論文情報

用語説明

※1 突発現象:地震や太陽フレアのように目立った前駆的な現象が観測されないにも関わらず、突如として非常に大きな変化が生じる現象の総称。核融合発電の実現には、高温プラズマ中の様々な不安定性によって生じる突発現象を制御し、その影響を低減することが課題。

※2 熱光学効果:物質の屈折率が温度によって変化する現象。均一な物質でも、物質内に温度分布が生じること屈折率分布が生じる。そのような物質を透過する光は、その屈折率分布によって歪み直進できない。