研究成果

超高温プラズマの温度を測定する非接触温度計
―非等方複数高エネルギーイオンの観測に成功―

核融合プラズマはプラズマ中心部で1億度を超える温度になると外部からのエネルギー注入が無くても燃焼を維持し続けることができます。そのような超高温プラズマ状態を保持するには、温度計測も必要となります。従来の非接触温度計に新たに非破壊高精度較正こうせい手法を開発しました。大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマ実験において、超高温に加熱されたプラズマのイオン温度を計測した結果、閉じ込め磁場の方向と垂直方向に非等方な高エネルギーイオンが複雑に混ざり合っていることが明らかになりました。この成果は、核融合発電の燃焼や制御の解析につながることに加え、核融合炉の電磁波を使うプラズマ加熱装置や計測器の較正と解析にも幅広く利用されることが期待できます。


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大型ヘリカル装置(LHD)の磁場で閉じ込められたプラズマは、ねじれたドーナツの形をしている。非接触温度計を用いて高温プラズマの中心にミリ波を入射し、その散乱光を計測した。その結果、イオン温度に相当するイオン集団の速度広がりには閉じ込め磁場に沿う方向(イオン1)と逆向きの方向(イオン3)、垂直方向(イオン2)、および熱化した等方成分(イオン4)、のように様々な速度成分の存在が明らかになった。この複雑な状態は、高温プラズマを生成・維持するためのプラズマ加熱に起因すると考えられる。

核融合プラズマは、プラズマ中の重水素と三重水素の核融合反応で発生したα粒子※1によりプラズマの燃焼を維持し、エネルギーを発生します。核融合を実現するためには、高温プラズマ内で発生したエネルギーの高いα粒子の状態を知り制御する必要があります。高温プラズマ内のα粒子を計測するのは困難でしたが、非接触計測である電磁波の散乱現象を利用した計測であれば可能であることをいち早く示し、協同トムソン散乱(CTS)計測の開発を進めてきました。

本研究チームは、ミリ波帯電磁波の散乱現象を利用してイオン温度や速度分布を評価する手法の研究を報告※2してきました。本研究ではCTS計測の高精度なその場較正※3の手法を開発し、LHDプラズマの温度計測に適用しました。従来はプラズマからのギガヘルツ帯の輻射光ふくしゃこうを用いてCTS計測の受信機を較正していました。その輻射光はプラズマ中の屈折により発生位置が実際には異なってしまい、補正する必要がありました。そこでこの問題を解決するために、電磁波の光線追跡計算を輻射光による受信機感度の較正に組み合わせ、輻射光の発生位置を補正しました。その結果、散乱スペクトルの再現性を飛躍的に向上させることに成功しました。更に、この較正手法を実際の温度計測と同時に実施することで、その場較正も可能であることを実証しました。

本手法を適用したCTS計測によりLHDプラズマの中心部の散乱スペクトルを観測しました。散乱スペクトルのモデル計算で予想される通り、観測された散乱スペクトルは左右非対称な形状(図中v||の正負方向で速度の異なるイオンの集団が存在している場合に非対称になる)をしていました。この非対称性は磁力線に平行方向と垂直方向の速度を持つ粒子が複雑に閉じ込められていることを示しており、プラズマ加熱に起因すると分かりました。

今回の結果は、核融合プラズマで自己燃焼状態を維持するためのアルファ粒子の閉じ込め物理研究のための重要な成果です。また、その場較正も可能であることから、核融合発電で用いられる電磁波加熱装置やミリ波計測器の較正や解析手法として幅広く利用されることが期待できます。

本研究は、核融合科学研究所の西浦正樹らの研究グループ、九州大学の足立迅(当時修士学生)、中部大学の久保伸教授、福井大学遠赤外研究センターの斉藤輝雄教授との協力によって進められました。

この研究成果は、米国物理学協会が刊行する学術論文誌「レビュー・オブ・サイエンティフィック・インスツルメンツ」に2022年5月2日付けで掲載されました。

論文情報

用語説明

    ※1 α粒子:重水素と三重水素の核融合反応で発生するヘリウム原子核をα粒子と呼ぶ。

    ※2 関連の研究成果 http://dx.doi.org/10.1088/0029-5515/54/2/023006

    ※3 その場較正:計測器は計測環境が変わると計測器の状態が変化し、計測値の誤差が大きくなる。計測環境を変えずに較正することを「その場較正」と呼び、計測値の誤差を減らすことが可能になる。