紫外線の計測でプラズマへの粉末落下を着実に確認
大型ヘリカル装置(LHD)では、ホウ素の粉末をプラズマに落下させ、プラズマ閉じ込め容器の壁面にホウ素の膜を作る実験が行われています。落下させたホウ素が効率的にプラズマに到達しているかどうかは、プラズマ中でのホウ素イオンの発光を分光計測することで確認できます。特に、目で見える「可視光」よりも波長の短い「紫外線」を計測することで、低価数から高価数までのホウ素イオンの発光を同時に観測できるようになりました。
核融合発電を実現するためには、1億度を超える高い温度の水素プラズマを磁場で安定に閉じ込める必要があります。このとき、プラズマには主成分の水素のほか、プラズマ閉じ込め容器の壁やダイバータ板と呼ばれる受熱板から放出される炭素、酸素、金属などの原子やイオンが不純物として含まれます。不純物イオンはプラズマからエネルギーを吸収して光として放出し、プラズマの温度を下げてしまいます。つまり、プラズマの温度を高く保つためには、不純物を減らす必要があります。
プラズマ中の不純物を減らす手段の一つとして、プラズマ閉じ込め容器の壁面上に薄い膜を作り、壁からの不純物放出を抑制する方法があります。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、毎年実験を開始する前にホウ素(原子番号5、元素記号B)の膜を壁に作っています。これに加えて、プラズマ実験を行いながらも同時にホウ素の膜を壁に作ることを目的として、LHDのプラズマにホウ素の粉末を落下させる装置が設置されました。この粉末落下装置は核融合科学研究所と米国プリンストンプラズマ物理研究所の国際共同研究のもと、LHD実験の第21サイクル(2019年10月~2020年2月)から設置されています。
粉末落下装置を用いた実験を成功させるためには、落下させた粉末が効率的にプラズマに到達していることを確認する必要があります。ここで役に立つのが、プラズマが発する光を波長ごとに分けて計測する「分光」という手法です。プラズマ中のイオンは、その種類によって異なる波長の光を放出します。これをイオンの「線スペクトル」といいます。この線スペクトルの波長と光の強さを調べることにより、イオンの種類と量が分かります。ホウ素粉末を落下させる実験では、ホウ素イオンの線スペクトルが観測されていることが、プラズマにホウ素粉末が到達した証拠となります。
LHDのプラズマは、中心付近で数1000万度~1億度、周辺部で数10万度~数100万度程度の電子温度を持ちます。このような温度領域のプラズマの中にあるイオンは、目で見える「可視光」よりも波長の短い光である「紫外線」を強く放出します。紫外線はさらに、波長の短い「極端紫外(Extreme Ultraviolet: EUV)」と波長の長い「真空紫外(Vacuum Ultraviolet: VUV)」とに分類されます。LHDでは波長0.5~30ナノメートルのEUV領域と、波長30~240ナノメートルのVUV領域を常に分光計測しています。そこでホウ素粉末を落下させた時のEUV及びVUVの波長スペクトルを調べ、どのような線スペクトルが観測されるのかをまとめました。その結果、図に示すようにホウ素の中性原子(B0)から4価イオン(B4+)までの線スペクトルが同時に観測できることがわかりました。また、粉末の種類をホウ素と窒素(原子番号7、元素記号N)との化合物である窒化ホウ素に変えると、ホウ素の線スペクトルに加えて窒素の2価(N2+)から6価(N6+)までの線スペクトルも同時に観測されました。一般的に、低い価数のイオンはプラズマの温度が低い領域に、高い価数のイオンはプラズマの温度が高い領域に存在します。従ってこの観測結果は、まず落下させた粉末は確実にプラズマに到達しており、なおかつ電離してできたイオンがプラズマ中の広範な温度領域に分布しているということを示す証拠となるものです。
発光強度が大きく計測しやすい線スペクトルは、イオンの量をおおまかに示す指標としても有用です。例えば、波長4.9ナノメートルに現れている4価イオンの線スペクトルと、波長136.2ナノメートルに現れている1価イオン(B+)の線スペクトルは、それぞれプラズマの閉じ込め領域の内側にあるホウ素イオンと外側にあるホウ素イオンの量を示す指標となります。このような線スペクトルのデータを全ての粉末投下実験について提供し、ホウ素イオンがプラズマ中でどのぐらい強く発光しているかを常に確認することによって、プラズマの条件や落下させる粉末の量を放電ごとに調整しながら効率的に実験を進めることができるようになりました。
本研究は、核融合科学研究所の大石鉄太郎助教、芦川直子准教授、増崎貴教授、庄司主准教授らの研究グループと、米国・プリンストンプラズマ物理研究所のフェデリコ ネスポリ博士、エリック P ギルソン博士、ロバート ランスフォード博士らとの協力によって進められました。
この研究成果は、日本学術振興会(JSPS)と中国科学院(CAS)との二国間交流事業の共同研究「原型炉に向けた金属壁でのリサイクング制御法の構築」(2019年4月1日~2023年3月31日)の第3回ワークショップ(2020年9月23日・24日)において口頭発表され、日中双方の研究者による活発な議論が行われました。その議論を踏まえて実験結果を詳細に記述した論文が、プラズマ物理学に関する国際的な学術論文誌「プラズマ・サイエンス・アンド・テクノロジー」に2021年6月30日付で掲載され、さらに同誌の2021年ハイライト論文に選出されました。
論文情報
- T. Oishi, N. Ashikawa, Federico Nespoli, S. Masuzaki, M. Shoji, Erik P. Gilson, Robert Lunsford, S. Morita, M. Goto, Y. Kawamoto, C. Suzuki, Zhen Sun, Alex Nagy, David Gates and T. Morisaki, "Line identification of boron and nitrogen emissions in extreme- and vacuum-ultraviolet wavelength ranges in the impurity powder dropping experiments of the Large Helical Device and its application to spectroscopic diagnostics", Plasma Science and Technology 23 (2021) 084002. [NIFS Repository]