研究成果

核融合反応で発生した軽水素イオンからのサイクロトロン放射をヘリカル型の磁場閉じ込め装置で初めて観測

大型ヘリカル装置の重水素ビームを入射したプラズマ放電において、核融合反応で発生した軽水素イオンから発生するサイクロトロン放射をヘリカル方式の磁場閉じ込め装置で初めて観測しました。観測された一連の周波数スペクトルのピークは軽水素イオンのサイクロトロン高調周波数からずれていますが、particle-in-cell法を用いた第一原理計算により、そのようなピーク周波数のずれが起こり得ることが示されました。


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図1. プラズマを閉じ込める磁力線でできた「かご」の一部分が突然変形するタング(舌)と呼ばれる現象が起こると、核融合反応で発生した高エネルギーの軽水素イオンがプラズマの中心部から放出される。このとき、プラズマ周辺部の軽水素イオンの回転運動により発生するサイクロトロン放射の強度がごく短時間(2000分の1秒程度)だけ強くなる。

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図2. 軽水素イオンのサイクロトロン周波数の整数倍から、サイクロトロン周波数の約半分の周波数分だけシフトした位置に強度のピークがある周波数スペクトルが、タングの発生直後に観測される。

大型ヘリカル装置(LHD)では、高エネルギーの水素をビーム状にしてプラズマに入射することで高イオン温度のプラズマを生成しています。磁場に垂直方向に入射されるビームの近くでは、プラズマを閉じ込めている磁力線でできた「かご」の構造が突然変形して磁力線が繋ぎ変わる、タング(tongue: 英語で「舌」)と呼ばれる現象が起こることがあります。タングが起こるとプラズマの中心領域に閉じ込められていた高エネルギーのイオンが磁力線の繋ぎ変えによりプラズマの周辺領域に放出されます。LHDでは重水素を用いたプラズマ放電を行っていますが、重水素プラズマではごくわずかな頻度で重水素同士が核融合し、運動エネルギーが3.02 MeV(メガエレクトロンボルト)の軽水素イオンと1.01 MeVの三重水素イオンが発生します。重水素プラズマでタングが起こると、核融合反応で発生したMeV級の高エネルギーの軽水素イオンもプラズマ周辺領域に放出されると考えられます(図1)。

プラズマを構成する荷電粒子であるイオンや電子は磁場があると磁力線の周りを螺旋運動し電磁的あるいは静電的な波を放射します。これをサイクロトロン放射といいます。螺旋運動の回転周波数は磁場強度に比例し、これをサイクロトロン周波数と呼びます。荷電粒子のサイクロトロン放射の周波数は、磁力線方向の運動速度v と放射される波の磁場方向の波数k との積kv だけサイクロトロン周波数の整数倍からシフトします。これをドップラーシフトといいます。

高エネルギーイオンの、粒子衝突を伴わないエネルギー損失過程で発生するイオンサイクロトロン放射(Ion cyclotron emission: ICE)の周波数スペクトルにはサイクロトロン周波数の間隔を持つ複数の強度ピークが存在します。核融合反応で発生した軽水素イオンからのICEは、トカマク型の磁場閉じ込め実験装置では観測されていましたが、LHDのようなヘリカル型の装置ではこれまで観測の報告がありませんでした。
本研究チームはLHDで磁場に垂直方向の重水素ビームが入射された放電においてタングが起きた直後に、非常に強い放射を検出しました。放射の周波数スペクトルには複数のピークがあり、そのピークの間隔はプラズマ周辺部の推定放射領域の軽水素イオンのサイクロトロン周波数である26.6 MHzに一致しているのですが、ピーク周波数はサイクロトロン周波数の8倍から12倍までの整数倍からサイクロトロン周波数の約半分ずれていました(図2)。

本研究チームは、●これらの放射は単一の速度を持つ、核融合反応で発生した軽水素によるものである、●ある特定の磁場強度の(軽水素イオンのサイクロトロン周波数が26.6 Mzとなる)場所で放射されている、●磁気音波サイクロトロン不安定性により非常に強い軽水素のサイクロトロン放射が発生している、との仮定に基づいて、この放射の機構を解釈することにしました。
これらの仮定に基づいて考察すると、磁場に垂直方向の速度成分がアルヴェン速度(VA)と同程度で、磁場に平行方向の速度がアルヴェン速度の約2.4倍となる3.02 MeV の運動エネルギーを持つような核融合反応で生成された軽水素イオンから、磁場にほぼ垂直方向に進むサイクロトロン放射が発生した場合に、サイクロトロン周波数の約半分のドップラーシフトが起こることになります。

本研究チームはこの考察に基づき、観測された放射が発生したと推測される位置で熱平衡状態にある重水素プラズマに、3.02 MeV の運動エネルギーを持つ核融合反応で生成された軽水素の集団が存在する場合に関して、particle-in-cell法による集団的なエネルギー散逸過程の第一原理計算を行いました。この計算モデルではマックスウェル方程式に基づいて、流体近似した電子とともに回転運動する全イオンの電磁場中での運動を取り扱います。シミュレーションで得られたICEのスペクトルを励起された波動場の高速フーリエ変換により計算すると、磁場に対してほぼ垂直方向(垂直方向から1度ずれている)に進む波のピークの周波数ω は実験で観測されたICEと同様にサイクロトロン周波数の整数倍からシフトし、サイクロトロン周波数ΩH のn次共鳴周波数nΩH に対し、ω =kv +nΩH で表せる関係となっていました。磁場に垂直方向の運動エネルギー(mv2/2)に対して十分大きな磁場に平行方向の運動エネルギー(mv2/2)を持つ軽水素が存在するからと考えます。

ヘリカル型の磁場閉じ込め装置において、核融合で発生した水素イオンの集団的な電磁波放射と解釈できる放射を初めて観測できたことは、磁場閉じ込めプラズマ物理やヘリカル型の磁場閉じ込め装置での計測における重要な進歩です。また、この成果はイオンサイクロトロン放射計測のみから高エネルギーイオンの速度空間分布を再構成した例であり、 ITERでの高エネルギーイオンの高時間分解能計測への採用につながるものと言えます。

本研究は、イギリスのワーウィック大学及びカラムサイエンスセンターのB C G Reman, R O Dendyらの研究グループ、LHD研究グループの伊神弘恵、秋山毅(現 : 米General Atomics)ら、デンマーク工科大学、九州大学、韓国の核融合エネルギー研究所及び浦項工科大学に所属する研究者からなる国際的な研究チームによってすすめられました。

この研究成果は、プラズマ物理学に関する国際的な学術論文誌「プラズマ・フィジックス・アンド・コントロールド・フュージョン」 に2022年7月29日付けで掲載されました。

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