核融合のための水素分子データの実験検証
核融合燃料である水素分子のエネルギー構造は、量子力学的効果により原子のものより格段に複雑になるため、その挙動の実験観測が困難でした。本研究では、大型ヘリカル装置などの水素プラズマから得られた詳細な分子発光スペクトルを用いることで、これまで利用されてきた経験的データに比べ、最新の理論計算データが高精度であることを見出しました。これにより核融合炉排気部での分子挙動の実験観測が可能になります。
核融合発電では、プラズマ中の重水素と三重水素の核融合反応で発生したエネルギーを取り出します。効率良く核融合反応を起こすためには、適切なバランスで燃料の供給、使用済燃料の排気を行う必要があります。
燃料の水素同位体は主に分子ガス状態で供給されます。その後プラズマとの相互作用により分子は解離して原子になり、イオン化してプラズマになった後加熱されて核融合反応を起こします。その中でも分子状態の燃料挙動の高精度観測は、量子力学的効果により分子のエネルギー構造が複雑であるため、これまで困難な状態でした。特に、データ解析に必須である分子データのばらつきが大きく、複数のデータが別々に報告され、それらの精度も不明な状態でした。
本研究チームは、衝突ふく射モデルと呼ばれる、分子データから分子発光スペクトルを構築する数値計算モデルを開発し、複数の分子データごとに発光スペクトルを計算しました。信州大学における高周波加熱プラズマ、大型ヘリカル装置(LHD)でのダイバータプラズマから詳細な水素分子スペクトルを計測し、上記の数値計算結果と比較しました。その結果、これまで広く利用されてきた経験的データに比べ、オーストラリア・カーティン大学の共著者らが開発・計算した最新の理論計算データがより実験データに一致することを初めて見出しました。
本研究により、核融合炉内の燃料分子の挙動をより高精度に観測することが可能になりました。核融合発電炉ではプラズマから漏れ出てくるエネルギーをダイバータという装置で受け止める必要がありますが、そのままでは壁面材料にかかる熱負荷が膨大になるため、燃料分子との化学反応を用いてエネルギーを散逸する必要があると考えられています。その制御手法の開発に、燃料分子の挙動の詳細な理解が役立つと考えられます。
本研究は、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所の藤井恵介らの研究グループ、オーストラリアカーティン大学のスカーレット博士らのグループ、信州大学の澤田圭司、核融合科学研究所の後藤基志・小林政弘、京都大学のクズミン・アルセニーとの協力によって進められました。
この研究成果は、米国物理学協会が刊行する学術論文誌「フィジックス・オブ・プラズマズ」に2024年9月1日付けで掲載されました。