研究成果

1億度のプラズマを氷で冷やす
― 核融合炉の緊急放電停止システムの研究 ―

大型ヘリカル装置ではITERの放電停止システムに用いられるネオンの氷(ペレット)をプラズマに入射する実験を新たに行いました。ITERではプラズマが不安定になる兆候を捉えた場合、装置の予期しないダメージを緩和するため、マイナス260度以下で凍らせた水素やネオンの氷でプラズマを急速に冷却し、放電を停止させます。今回の実験では高温のプラズマ中でネオンの氷が溶ける過程を初めて詳細に観測することができました。

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ITER(右)ではプラズマの不安定性が検知された際、機器へのダメージを避けるためにワインコルク大(28.5 mm)のペレットを細かい破片に粉砕、スプレー状にしてプラズマを急速に冷却する。今回、LHD(左)において直径3 mmのネオンの氷を入射する実験を行いました。氷のサイズはITERの放電停止システムで作られる個々の破片と同じくらいの大きさである。

核融合炉では重水素と三重水素の燃料を1億度以上の高温に加熱することで核融合反応を維持します。このような高温に耐える材料は存在しないため、核融合の実験装置では高温のプラズマが壁に直接触れることのないように、強力な磁場を使ってプラズマを宙に浮かせています。

ITERでは、初めて核融合からエネルギーを取り出す実験が行われます。ITERは現在、サン・ポール・レ・デュランス(フランス)において日本を含めた国際協力で建設中です。ITERでは、人類がこれまで扱ってきた中でも最大規模の核融合実験に挑戦します。そこではプラズマを閉じ込める磁場構造が不安定性によって壊れてしまう「ディスラプション」という事象に十分な対策が必要です。ディスラプションが起こると、プラズマのエネルギーが数ミリ秒という短い時間の間に一挙に壁に流れ込んでしまいます。ディスラプションへの対策を行わないと実験装置内の機器の修復が必要となって実験が停止したり、ITERの装置自身の寿命を縮めることにもつながってしまいます。

そのようなリスクに備えるため、ITERでは過去20年以上にわたり、放電停止システムの研究が重要な課題となってきました。最近の大きな動きとして、ITERは放電停止システムにペレット粉砕入射と呼ばれる技術を採用することを決定しました。放電停止システムはプラズマの不安定性を検知すると水素とネオンをマイナス260度以下で凍らせて作った氷を入射し、高温のプラズマを冷却します。

このシステムの信頼性の確保はITERの重要な課題で、私たちは入射した氷でプラズマが冷やされる過程をできるだけ詳しく知る必要があります。そこで今回、大型ヘリカル装置(LHD)ではITERで用いられるのと同じネオンの氷をプラズマに入射する実験を行いました。LHDでは、プラズマ中に燃料を補給する目的で氷の冷凍・入射システムを20年にわたり運転してきた実績があり、今回、このシステムが実験に役立てられました。

2021年11月にオンライン会議として行われた国際土岐コンファレンス(ITC30)において初期実験の結果を報告しました。今回の報告ではネオンの氷が溶けたのちに、燃料の水素プラズマと混じり合う過程を調べ、ネオンプラズマの膨張速度は10-30キロメートル毎秒程度で、水素の氷を入射した場合にできる水素プラズマに比べて10分の1近くまで遅いことが明らかになりました。この速度はシミュレーションで計算した予想と一致しており、原因はネオンの氷は溶ける際に光を出してより多くのエネルギーを失うため、膨張に使えるエネルギーが少ないのだと考えられます。他にも入射されたネオンがプラズマ中のどのくらいの深さまで侵入しているかを調べる実験データを初めて取得しました。これらのデータはITERの放電停止システムの設計に使われている理論計算の妥当性を検証するのに役立ちます。

本研究の成果は、プラズマ・核融合学会のオンライン学術論文誌「プラズマ・アンド・フュージョン・リサーチ」に2022年3月30日に掲載されました。初期実験の成功を受け、2021年の実験では水素とネオンの混合物の氷を入射する2回目の実験を行いました。現在、これらのデータの解析を進めており、今後の成果が期待されます。

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