研究成果

ホウ素粉末のふりかけでプラズマの温度が上昇
―リアルタイムで不純物と乱流を抑制―

核融合発電の実現には高温のプラズマを安定に維持することが必要です。ところが、プラズマを閉じ込める容器の壁から発生する不純物や、プラズマ中に発生する乱流※1によって、プラズマの温度が低下することがあります。核融合科学研究所(岐阜県土岐市)の増﨑貴教授らと米国・プリンストンプラズマ物理研究所のフェデリコ・ネスポリ博士らの国際共同研究グループは、大型ヘリカル装置(LHD)※2において、プラズマ実験の最中にホウ素※3の粉末をプラズマにふりかけることにより、リアルタイムで壁からの不純物を低減すると同時に、プラズマ中の乱流を抑制できることを明らかにしました。本成果は、高温のプラズマを安定に維持する方法の確立に大きく貢献するものです。

image
図:LHDの断面図。青や灰色の●が真空容器の壁から発生した不純物を、白の渦がプラズマ中の乱流を表す。(左)ホウ素粉末落下なし。壁からの不純物が多く、プラズマ中の乱流が大きい。(右)ホウ素粉末落下時。緑の○がホウ素。容器の壁がホウ素でコーティングされ、壁からの不純物が減少している。また、プラズマ中の乱流が小さくなる。その結果プラズマからの熱の逃げが小さくなりプラズマの温度が高くなる。

核融合発電を実現するためには、真空容器の中で水素のプラズマを作り、そのプラズマを磁場で閉じ込めて1億度以上の高温に加熱し、安定に維持することが必要です。ところが、容器の壁から発生する酸素などの不純物が水素のプラズマに入ると、熱が逃げてプラズマの温度が下がってしまいます。また、高温のプラズマ中には、大小様々な大きさの渦を伴った流れ(乱流)が発生します。この乱流によってプラズマがかき乱されることで、プラズマから熱が逃げて温度が下がってしまいます。プラズマを核融合に必要な高温にするためには、このような温度の低下を抑える方法を確立しなければなりません。

不純物によるプラズマの温度低下を抑える方法の一つが、不純物が壁からプラズマに入らないように、壁の表面にホウ素の膜を作ることです。ホウ素の膜は、真空容器の中の主な不純物である酸素を吸着する性質をもっているからです。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)では、毎年実験を開始する前にホウ素の膜を壁に作っています。しかし、実験が始まると、新たにホウ素の膜を作ることは難しいという問題がありました。一方、プラズマ中の乱流については、その抑制方法を調べる研究が、実験とシミュレーションを用いて行われています。プラズマ中の乱流は、壁からの不純物とは異なる方法で抑制することが研究されていますが、これらを同じ方法で同時に抑制することができれば、プラズマの高温状態を維持するための非常に有望な方法となります。

核融合科学研究所は、米国・プリンストンプラズマ物理研究所(PPPL)との国際共同研究で、プラズマ中にホウ素などの粉末をふりかけることができる装置(粉末落下装置)をLHDに設置しました。この粉末落下装置はPPPLで開発されたもので、米国やドイツなどのプラズマ実験装置にも設置されています。LHDでは、粉末落下装置の設置により、プラズマ実験を行いながらホウ素粉末をふりかけ、リアルタイムで壁にホウ素膜を作ることができるようになりました。その結果、壁からの不純物が低減することが観測されました。

さらに、PPPLのフェデリコ・ネスポリ博士らと核融合科学研究所の増﨑貴教授らは、ホウ素粉末をプラズマにふりかけている最中に、プラズマからの熱の逃げが抑えられ、高温状態を安定に維持できることを見出しました。これは、壁からの不純物の低減だけでは説明できないことでした。粉末ふりかけによる温度の上昇は、他のプラズマ実験装置でも、極めて短い時間観測された例はありましたが、LHDでは、その状態を安定に維持することができました。

何故このような良い状態を安定して維持できるのか、その原因を明らかにするため、高度な計測手法を用いてプラズマの状態を詳細に計測しました。そして、取得した計測データとこれまで蓄積してきた実験及び計算機シミュレーションの数多くのデータを用いて、解析を行いました。その結果、ホウ素粉末のふりかけによりプラズマ中に発生していた乱流が抑制されていることが分かりました。つまり、ホウ素粉末をプラズマにふりかけることにより、壁からの不純物を低減すると同時に、プラズマ中の乱流を抑制して温度の低下を抑えられることを明らかにしたのです。

この研究成果は、国際的な学術論文誌「ネイチャー・フィジクス」 に2022年1月10日付けで掲載されました。

論文情報

用語解説

※1 乱流:プラズマ中の波が成長すると流れや渦が作り出され、それらが高温でかつ不規則に乱れた状態のこと。これはプラズマの密度や温度の不均一性が駆動力となって発生する。

※2 大型ヘリカル装置(LHD):核融合科学研究所の実験装置で、超電導コイルを用いた世界最大級のヘリカル装置。日本独自のアイデアに基づくヘリオトロン配位と呼ばれる磁場配位を採用し、二重らせん状のコイルを用いてねじれた磁場構造を形成する。

※3 ホウ素:原子番号5の元素。単体での用途は少ないが、水素と酸素との化合物であるホウ素は、身近なところでは、ゴキブリ対策のホウ酸団子や、目の洗浄のためのホウ酸水として使われている。