研究成果

不純物粒子落下装置によるプラズマ対向壁面のホウ素コーティングのためのシミュレーション解析

大型ヘリカル装置では、不純物粒子落下装置(IPD)を利用し、ホウ素の粒をプラズマ中に入射して対向壁面をホウ素でコーティングすることでプラズマの高性能化を試みています。この場合のホウ素の輸送をシミュレーションによって解析しました。その結果、低密度プラズマではホウ素はIPDから離れた場所にも堆積する一方、高密度プラズマではIPDの近くに集中することが分かりました。この結果はIPDを効率的に運用するための指針になります。

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図1. 上図は、大型ヘリカル装置(LHD)における不純物落下装置(IPD)と多チャンネル分光器の視線の位置関係を示した図。両者はLHDの真空容器内の互いに離れた場所に設置されている。下図は、分光器によって測定されたホウ素原子および1価のホウ素イオンから出た光の強度分布である。プラズマ密度が増加するに伴って、光の強度が減少している。

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図2. プラズマ壁相互作用シミュレーションによって計算されたホウ素原子および1価のホウ素イオンから出た光の強度分布。ここでは、真空容器内部のダイバータ板表面は全てホウ素で一様に覆われていると仮定している。プラズマの密度が増加するにつれて、光の強度が増加している。

核融合発電には、高温・高密度のプラズマを安定に維持することが必要不可欠です。そのためには、プラズマと接するプラズマ対向壁面の調整(壁コンディショニング)が重要であることが知られています。大型ヘリカル装置(LHD)では効率的な壁コンディショニングを目的として、米国のプリンストン・プラズマ物理研究所(PPPL)との国際共同研究に基づき、不純物粒子落下装置(IPD)が導入されました。このIPDは、従来の方法と比較して、プラズマ放電を中断することなく放電中に壁コンディショニングを行えるという、他にはない特長を持っています。

IPDでは不純物(ホウ素など)を含んだ細かな固体粒(直径0.1 mm程度)をプラズマ中に入射することによって壁コンディショニングを行います。IPDによって入射された不純物の固体粒はLHDの周辺プラズマに到達すると、プラズマからの熱負荷によってその温度が上昇し、固体粒から不純物の原子がプラズマ中に飛び出します。その原子はプラズマによって電離して不純物イオンになります。不純物イオンはプラズマを閉じ込める磁力線に沿って移動しやすい性質を持っています。この不純物イオンをプラズマ対向壁面に到達させ、一様に堆積させることで、効率的な壁コンディショニングが実現できると考えられます。ただし、IPDはLHD上部の一カ所にのみ設置されていることから、必ずしも対向壁面に不純物を一様に堆積できるとは限りません。そこで、不純物をできるだけ一様に堆積させることができる実験条件をダスト輸送シミュレーションによって調べました。その結果、低密度のプラズマ中に不純物(ホウ素)の粒を落下させると、高密度のプラズマの場合と比較して不純物が装置内部に均等に広がり、一様に堆積することが分かりました。

このことを確かめるために、プラズマの密度を変化させた場合にIPDからホウ素の粒を入射する実験を行いました。その際、IPDから離れた場所に設置されている多チャンネル分光器を用いて、ホウ素から出る光の強さとその分布を測定しました。その実験結果を図1(下図)に示します。左はホウ素原子(BI)、右は1価のホウ素イオン(BII)から出た光の分布を示しています。これらの図では、ホウ素の粒を入射中に得られた光の強度分布から、入射前の強度分布を差し引いた測定結果を示しています。プラズマ密度が低い場合、ホウ素の粒を入射中に光の強度が大きくなっていますが、プラズマ密度が高くなるにつれて、その強度は小さくなることが分かりました。これらの実験結果は、プラズマの密度が高くなるにつれてIPDから離れた場所に設置されているダイバータ板表面に堆積しているホウ素の密度が低いことを示唆しています。

次に、プラズマ壁相互作用シミュレーションによる解析を行いました。なお、このシミュレーションでは真空容器内部のダイバータ板表面は全て一様にホウ素で覆われていると仮定し、IPDによって入射されたホウ素の粒の影響のみを考慮しました。図2はシミュレーションによって求められた各プラズマ密度におけるホウ素の光の強度分布(計算結果)を示しています。実験結果とは逆に、プラズマの密度が高くなるにつれて光の強度が大きくなっています。この理由は、ホウ素で覆われたダイバータ板表面に高密度のプラズマが当たると、それだけ大量のホウ素がダイバータ板から放出されるためです。このことから、高密度プラズマの場合においては、シミュレーションで用いられた「真空容器内部のダイバータ板表面は全て一様にホウ素で覆われている」という仮定は実際には正しくないと考えられます。このことは、ダスト輸送シミュレーションの結果(低密度のプラズマ中に不純物の粒を落下させると、高密度のプラズマの場合と比較して不純物が装置内部でより一様に堆積する)の妥当性を支持しています。この結果は、IPDを効率的に運用して有効な壁コンディショニングを実現するための有益な指針を与えるものです。

本研究は、核融合科学研究所の庄司 主、量子科学技術研究開発機構の河村学思、米国のカリフォルニア大学・サンディエゴ校のスミルノフ博士、ドイツのユーリッヒ総合研究機構のロマザノフ博士らの研究グループとの国際協力によって進められました。

この研究成果は、原子力材料に関する学術論文誌「ニュークリア・マテリアルズ・アンド・エナジー」に2024年11月7日付けで掲載されました。

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