ビッグデータにプラズマの状態を語らせる
大型ヘリカル装置(LHD)におけるプラズマ実験で積み上げたビッグデータを使ってプラズマの状態を把握する手法を開発し、その実用性を示すことに成功しました。この成果は、核融合研究で蓄積されているデータを最大限活用する方法の道筋をつけるとともに、プラズマのリアルタイム制御などに向けた研究を大きく進展させるものです。
大型ヘリカル装置(LHD)におけるプラズマ実験で積み上げたビッグデータを使ってプラズマの状態を把握する手法を開発し、その実用性を示すことに成功しました。この成果は、核融合研究で蓄積されているデータを最大限活用する方法の道筋をつけるとともに、プラズマのリアルタイム制御などに向けた研究を大きく進展させるものです。
核融合プラズマは加熱によって高温化します。通常、プラズマの中心部で温度が高く、そこから離れるにつれて温度が下がります。温度が高い中心部で核融合反応を起こしてエネルギーを取り出すのが核融合発電です。このプラズマ内部の位置ごとの温度の違いの様子を「温度分布(温度プロファイル)」という言葉で表し、その傾きを「温度勾配」と呼びます。
では、どれくらい加熱したらどれくらいの温度勾配ができて、中心部がどれくらいの温度になるのでしょうか?これを把握しておくことは、プラズマを核融合が起こる条件の温度にするために必要な加熱パワーを見積もったり、温度が上下した場合にどのように制御したらいいかを考えたりするためにとても重要です。「熱輸送」と呼んでいる問題です。言葉で書くととても簡単な問題に思えるかも知れません。
しかし、プラズマの中は、プラズマを構成するイオンや電子が衝突し合ったり、大小さまざまなサイズの渦ができたり、渦どうしがくっつき合ったり、はたまた、ある方向の流れができて渦がちぎれたり、と複雑極まりない状態になっています。LHDの実験で渦や流れを測ったり、世界屈指のスーパーコンピュータでシミュレーションしたりして、プラズマの中で起こっていることが温度分布にどのように影響しているのかを解明しようという研究を進めています。ただ、複雑すぎて、一筋縄ではいかない難問です。
そこで、本研究チームは、ちょっと考え方を変えてみました。プラズマが受け取る加熱パワーはけっこう簡単な計算で手に入れることができます。温度分布は実験で計測されていますので、温度勾配も計算できます。「どれくらい加熱したら」を「入力」、「どれくらいの温度勾配ができて」を「結果」として、「入力」と「結果」の関係を把握しようという考え方です。プラズマの中で起こっている複雑な現象は、ひとまず「ブラックボックス」としておこうというものです。
「入力」と「結果」の組み合わせを、LHD実験31回分から3000点近く揃えました。AIにこのデータ群を「食わせ」てもよかったのですが、いろいろな物理量の関係性がわかるようにやってみたかったので、「線形重回帰」と呼ばれる手法を用いました。これは、統計の入門書の最初の方に出てくるもので、「ワインの方程式*」でも使われている手法です。
*温度や雨量など、いくつかの事柄がワインの質や価格にどのように影響するかを、過去の多くのデータに基づいて数式で表現するものです。その数式を使って、ワインができあがる前から、「今年のワインは素晴らしい出来栄えになるはず」などという予言に楽しく使われています。
この手法で、「熱輸送の特徴を表す数式」を導き出しました。この数式は、イオンと電子でそれぞれたったの一行で、数式に入っているいくつかの変数の値がわかれば、たちまちに、出来上がりの温度勾配を予測できるものです。このデータ取り扱いの流れを図に示しておきます。
この手法は、基となるデータ群の「入力」と「結果」の関係をある精度(図の右側の図の対角線をはさんだデータの拡がり)の範囲で再現しますが、別の対象に当てはめようとした時の精度も確かめておかないといけません。データ群を取得したのと似た加熱方法や密度範囲のプラズマを対象に、計測された温度分布(実験2回分、合計12タイミング)が再現できるか試してみました。今年のワインの予測が実際に当たったかどうかを確認するのと同じ作業でドキドキしました。その結果、プラズマの場所ごとで予測される温度勾配のちょっとした違いが積もり積もって、中心温度の予測値が、実際と一千万度以上違ってしまうケースもありましたが、2つの数式だけで、中心温度の上昇や下降といった温度変化の傾向は再現することができました。
まだまだ手法の改良やデータの拡充が必要ですし、この手法の性質上、全く違った加熱方法や密度範囲で生成したプラズマには適用できないという制限もあります。ある地域の「ワインの方程式」が違う地域のワインには当てはまらないのと同じです。しかし、積み上げた大量のデータを使ってプラズマの状態を把握する手法とその実用性を示すことができました。この成果は、LHD実験に限らず、核融合研究で蓄積されているデータを最大限活用する方法の一端でもあります。
核融合発電装置では、研究目的で様々な計測器をフル装備することはできない見込みです。また、発電装置の運転という制御の視点がとても重要になります。限られた情報でプラズマ内部の様子を把握し、リアルタイムで温度などの制御を行うことが必要になりますが、そのためにも、今のうちに、世界最先端の計測器や世界屈指のスーパーコンピュータで、プラズマ内部で起こっていることの物理的な解明を進めるとともに、今回紹介した「ビッグデータにプラズマの状態を語らせる」という視点を併せることで、リアルタイム制御など研究を大きく進展させることができます。
LHD実験は膨大なデータを産み出してきています。今回紹介した研究課題の他にも、「ビッグデータにプラズマの状態を語らせる」ことができる課題はたくさんあります。データや統計のスキルに自信のある皆さん、一緒に研究しませんか?
本研究は、核融合科学研究所の横山雅之と山口裕之の協力によって進められました。統計手法に関して、統計数理研究所(統数研)統計思考院の共同研究スタートアップ事業、および、その後の統数研共同研究を通じて助言等をいただきました。本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(C)「大規模熱輸送解析データベースを活用した核融合プラズマの熱輸送モデリング」(19K03797)の支援を受けて実施されました。
研究成果は、国際原子力機関が刊行する熱核融合に関する学術論文誌「ニュークリア・フュージョン」に2020年9月14日付けで掲載されました。