研究成果

光の計測により電子の運動の偏りを世界で初めて検出

大型ヘリカル装置(LHD)において、水素原子が放出する光の偏光度を1%の精度で精密に計測することに成功しました。また、偏光角の解析から、プラズマ周辺部の電子については、磁場に垂直方向の運動が平行方向の運動よりも優勢であることが示され、これまでの直感的理解を支持する結果となりました。

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電子との衝突で原子が発する光が偏光する原理の模式図(左)。青と赤の電子の衝突による発光線を、それぞれ青と赤で表しているが、電子の運動の方向によって光の波の主な振動の方位角が異なる。LHDで観測された偏光している水素原子発光スペクトルの例(右)。上図は発光強度の波長分布(スペクトル)で、赤線と青線は光の振動方向が異なる。下図は、上図の赤線と青線の差を、それらの和で割ったもので、偏光度と呼ぶ。

大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマは磁場を使って閉じ込められています。プラズマ中の電子の運動は、磁場方向への移動速度と、磁場の向きと垂直な面内での回転運動速度との成分に分けて考えることができます。磁場方向への移動速度成分が大きい電子はそのまま磁力線に沿って移動し続けますが、回転運動の速度成分が大きい粒子は、磁力線に沿って磁場強度に変動がある場合、磁場強度の低い領域に捕捉されやすい性質を持ちます。

プラズマ周辺部に存在する電子は、他の粒子との衝突により閉じ込め領域外に弾き飛ばされると、磁力線に沿って容器壁へと導かれ損失しますが、上記の理由により、回転運動の速度成分が大きい電子はプラズマ内に留まりやすい傾向があります。その結果、閉じ込め領域外側では、電子の運動方向分布に偏りが生じる可能性が指摘されています。このような電子の運動の偏りは、プラズマ生成に関わる原子の電離速度に影響を与えるほか、プラズマの閉じ込め性能を左右する電場形成にも関与すると考えられており、重要な研究テーマと考えられていますが、現在のところその計測手段は確立していません。

電子の運動の非等方性を知るためのひとつの可能性は、プラズマ中の原子もしくはイオンが出す光にあります。原子は電子と衝突すると電子が持っていた運動エネルギーの一部を受け取って高いエネルギー状態に遷移します。高いエネルギー状態は不安定なので時間が経過すると(典型的には、ナノ秒程度で)元のエネルギーの低い状態に戻りますが、この時に差分のエネルギーを光として放出します。

光は電磁波の一種です。電磁波はその進行方向に対して垂直な方向に振動しています。振動の方位角は任意で、我々が日常的に目にするほとんどの光はいろいろな方位角で振動する波が同程度に混ざっています。しかし、ときには、方位角によって波の強度が異なるような場合もあります。このような光を「偏光している」といいます。

電子と衝突した原子から出てくる光の振動の方位角は、衝突電子の運動の方向によって影響を受けます(図参照)。結果として、電子の運動に非等方性があると原子からの光も偏光します。LHDでは水素原子が発する光の偏光の大きさを調べて、プラズマ中の電子の運動の非等方性を求めるための研究を行なっています。

さまざまな方向の偏光成分を取り出すことのできる特殊な光学素子を用いて、どの方向に振動している偏光成分の強度が高いかを調べますが、LHDを始めとする核融合を目指したプラズマでは、予想される偏光の大きさは微小で、1%程度の光の強度の違いを検出する必要があります。今回、国立天文台の太陽観測グループとの共同研究で得たヒントに基づき、数年間の計測機器開発を経て、ついにLHDにおいて高精度な偏光計測が実現し、実際に偏光を検出することに成功しました。発光線の偏光は、磁場方向とそれに垂直方向との間で生じていることが確認され、また、初期的な解析から、磁場に垂直方向に運動する、すなわち、回転運動する電子の方が優勢な分布特性を持っていることがわかりました。

本研究は、総合研究大学院大学核融合科学専攻の学生ニラム・ラマイヤ、核融合科学研究所の後藤基志らの研究グループによって進められ、この研究成果は分光に関する国際的な学術論文誌「ジャーナル・オブ・クワンタテイティヴ・スペクトロスコピー・アンド・ラディエティブ・トランスファー」に2020年11月12日付けで掲載されました。

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