研究成果

重元素多価イオンに特有の原子物理学的効果を実験と理論で実証

大型ヘリカル装置や電子ビームイオントラップにおける分光実験データに基づき、ランタノイド元素のガリウム様イオンからの発光線波長の原子番号依存性を調べました。原子番号62と63の間で、別の曲線に乗り移るような奇妙な依存性を示す原因を調べるため、詳細な原子構造計算を行ったところ、重元素多価イオンに特有の、強い配置間相互作用とスピン軌道相互作用が重要な役割を担っていることが実証されました。

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ガリウム様イオンの電子配置の模式図。N殻の副殻間の電子遷移により、極端紫外領域のスペクトル線が放射される。
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(左図)ガリウム様イオンの二つの励起状態から基底状態への遷移に対応する波長の原子番号依存性。赤線は [4s24d-]3/2 配位からの許容遷移、青線は [4s4p+2]3/2 配位からの禁制遷移で、いずれも実線は実測値で点線は計算値を示す。(右図)二つのうちエネルギーが高い方の励起状態における各配置の混合率の原子番号依存性。原子番号62と63の間で、上記二配置の混合率の大小関係が入れ替わっていることがわかる。

大型ヘリカル装置(LHD)では、超高温プラズマを比較的安定に維持できる特長を活用し、ランタノイド元素の高電離多価イオンからの発光スペクトルについて、系統的な観測を行ってきました。本研究では、これらのデータに基づき、ガリウム様多価イオン(電子数31個)から放射される極端紫外(EUV)領域のスペクトル線に着目して、その原子番号依存性を調べました。

独立粒子モデルにおいて、ガリウム様イオンの基底状態の電子配置は、遷移に寄与しない内殻電子を省略すると、[4s24p-]1/2 と表されます。重元素多価イオンではスピン軌道相互作用が強いので、軌道角運動量とスピンの結合状態(逆向きまたは同じ向き)を添字の「-,+」を使ってこのように表記します。1個の4p電子が4d軌道に励起された状態である [4s24d-]3/2 から基底状態への許容遷移による放射は、EUV領域で強く発光します。同一遷移の発光線の波長は、通常は原子番号が大きくなるにつれて短くなりますが、LHDで観測された発光線波長の原子番号依存性を調べると、左図の赤線の様に、原子番号62(サマリウム)と63(ユーロピウム)の間で、ある曲線から突然別の曲線に乗り移り、ユーロピウムの方が波長が長くなるという、一見奇妙な特性が得られました。ユーロピウムについては、価数分離が可能な電気通信大学の電子ビームイオントラップ(EBIT)装置でもスペクトルの観測実験を行い、ガリウム様イオンからの発光線であることが改めて確認されました。

この挙動を物理的に理解するため、多配置ディラック・フォック法(MCDF法)による原子構造計算コードGRASPを用いて、エネルギー準位と遷移波長を高精度で計算し、実験値と比較しました。計算結果は、図の点線のように、実測をよく再現することがわかりました。

多電子原子における電子配置は、独立粒子モデルに基づき、1s22s22p6...のように表現されますが、これはあくまで近似(平均場近似)であり、特に重元素多価イオンの場合は、電子状態の表現としては不十分な場合があります。平均場近似の範囲を超えて精度を上げるために、MCDF法では、実際の電子状態を、独立粒子モデルにおける複数の電子配置の線型結合と仮定して、その混合率を最適化します。ガリウム様イオンにおける [4s24d-]3/2 配置は、4s電子1個が4p軌道に励起された [4s4p+2]3/2 配置と混合しやすく、このような現象は配置間相互作用と呼ばれています。

配置間相互作用は配置間のエネルギーが近いとき最大となりますが、 [4s4p+2]3/2 配置は基底状態 [4s24p-]1/2と4p軌道のスピンが反転していますので、スピン軌道相互作用によるエネルギー分裂の効果を強く受けます。 [4s4p+2]3/2 配置のエネルギーは原子番号が大きくなると [4s24d-]3/2 配置のエネルギーに近づき、そして追い越します。そこで、配置間の混合率は原子番号とともに変化します。着目する二つの励起準位のうち、エネルギーが高い方の準位について、各配位の混合率の計算結果を右図に示します。原子番号62と63の間で、両配置の混合率の大小関係が逆転しており、この付近では両配置がほぼ半々程度に混合していることがわかります。エネルギーが低い方の準位も、配置が入れ替わるだけで同様にふるまいます。エネルギー準位は、最も混合率の高い配位でラベル付けされるため、原子番号62と63の間でこのラベル付けが入れ替わり、[4s24d-]3/2のラベルを持つ準位からの遷移に着目した場合、上述の様な一見奇妙な依存性を示すことになります。

[4s4p+2]3/2 配位から基底状態への遷移は、本来は禁制線で発光は非常に弱いはずですが、基底状態への遷移が許容される [4s24d-]3/2 との混合の結果、混合率の大小関係が逆転する付近では、見かけ上禁制線であるはずの遷移も比較的強く発光し、2本の発光線が観測されると予想されます。左図の青線で示す様に、LHDでも実際にこの発光が観測されました。今回の結果は、LHDやEBITによる分光実験データと詳細な原子構造計算に基づき、ランタノイド元素のような重元素多価イオンに特有の、強い配置間相互作用とスピン軌道相互作用がスペクトルに与える影響の重要性を改めて実証したもので、多価イオンの物理学の進展に寄与することが期待されます。

本研究は、上智大学の小池文博、電気通信大学の中村信行と核融合科学研究所の鈴木千尋、村上泉らの研究グループの協力によって進められ、この研究成果は、米国物理学会が刊行する学術論文誌「フィジカル・レビュー A」に2022年3月4日付けで掲載されました。

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